ハワイ音楽好きならほとんどの人が聞いたことがあるであろうHAPA。
スラック・キー・ギターの魔術師、天才バリーが充分なキャリアと実力を持った、ネイサンと新たなユニットを組みやってきました。
この新生HAPAは凄かった。
このインタビューの翌日、ライブを聴きましたが、素晴らしい才能が素晴らしいハーモニーを作り出すとこんなにも人を感動させるのかと思わせてくれました。

■HAPA(ハパ)
NY出身のBarry Flanagan(ギター、ボーカル)とハワイ出身のNathan Aweau(ベース、ボーカル)によるグループ。今年7月に来日、素晴らしいステージで日本のファンを魅了した。

高いクオリティーの芸術作品を提供したい」

─新生HAPAとしては1年半振り、2度目の来日と伺っていますが、まずお二人でHAPAを結成された経緯を聞かせていただけますか?
■Barry:ネ イサンは長年Don Hoのパフォーマンスでベーシストとして演奏していました。僕は彼のヴォーカルがとても好きで、理想とするグループを作るためのメンバーとして適任だと確 信していました。それは、ベーシストとしての技術の高さ、アレンジの素晴らしさなど彼の持つ音楽的才能が証明しています。
今まで経験できなかったくらい質の高い音楽性を備えたパートナーをHAPAとして迎えることができたんです。
僕はネイサンの大ファンなんです(笑)。

─新生HAPAを結成するにあたり、バリーがネイサンにコンタクトしたのですか?
■Barry:そうです。ワイキキの駐車場でネイサンに土下座をしてお願いしたんです(笑)。その様子は僕のフィアンセも見ています(笑)。

■Nathan:その時バリーが土下座したかどうかは覚えてませんけど(笑)。
実際、ワイキキでのショーの後、駐車場で彼に会ってランチをする約束をしたんです。後日、キンケイズというレストランでランチをしながらいろいろ話してい るうちに、HAPAのメンバーとしてやっていくことに対してとてもポジティブな気持ちになってきて、きっと上手くやっていけるという確信を得たのです。

─バリーからHAPAのメンバーへの誘いがあった時、どう思いましたか?
■Nathan:とっ ても嬉しく思いました。今でもそうですが、「HAPA」という名前は昔からとても有名だったし、その時はちょうどソロとして活動を始めたばかりの頃だった ので、バリーが直接会いに来てくれてHAPAのパートナーに誘ってくれたことに非常に興奮しました。今でも覚えていますが、バリーとワイキキの駐車場で 会った帰り道、車の中から妻に電話をして「今、誰に会ったと思う?HAPAのバリー・フラナガンからHAPAとして一緒にやっていかないか?って誘いを受 けたんだ。」って興奮して伝えたんです。それぐらい、本当に嬉しかった。

─そのような経緯で新しくなったHAPAのニュー・アルバム「MAUI」がリリースされましたが、今回のアルバムについてお聞かせください。
■Barry:ハワイアン・ミュージック界において、その時代が来たんだと思うんです。
というのは、あまり知られていないのですが、12年くらい前は、約100万人の人口のハワイ州において、CDセールスは驚くほど多くの売上実績があったん です。12年前、小さいエリアで5人のアーティストのCDが年間10万枚売れたんですから。その地域の人口を考えてみても、これはほんとに凄いことなんで す。

でも今は状況が変わってきています。それは、多くの人が以前ほどCDを買わなくなったんです。だから、米国本土のアーティストたちも取り組んでいることな んですが、様々な要素を取り入れて、非常に高いクオリティーを目指して作品を創り上げることにしたんです。私たちは芸術作品を提供したいと考えているんで す。
CDジャケットデザインも才能ある若手のネイティブ・ハワイアン・アーティストのソロモン・エイノス氏による作品です。私たちは、皆さんにCDという作品 の中で、ストーリーをもって真実の歴史を伝えたかったんです。私たちは、皆さんに音はもちろん視覚的にも素晴らしいものを届けたかったのです


─このアルバムの骨格となっているストーリーはもともとハワイにあったのですか?それともバリーが全て創作したんですか?
■Barry:ストーリー?全ては僕の創作です。ウソです(一同笑)。
詞やその他のもの全て実際のストーリーです。私たちはそれぞれのストーリーについて、皆さんに知識を得て欲しかったんです。これらのストーリーは実話なん です。
私たちは今、情報化時代にいます。多くの人はアート、ストーリー、楽曲、作家等の背後に何が隠されているかを知りたいのだと思うんです。ですから、私たち は、今回このような方法で作品創りに着手したわけなんです。音はもちろん、CDを構成するもの全てにおいて価値のあるものを提供したいと考えていたんで す。私たちは、この作品に対して責任があると思っています。この作品には1年以上時間を費やして組み立てていきました。(ニュー・アルバムを手にしなが ら)今でもこのアルバムを手にとってはストーリーやソロモン・エイノスのアートを眺めることがよくあるんです。何度見ても飽きることはありませんね。

─ネイサンは、アルバムのレコーディングの時はどのように感じましたか?
■Nathan:アーティストとして、バリーと僕は同じ価値観を持っていると思います。 アイディアの段階から、曲を書いて、メロディーを考えて、歌詞をつけて、そしてレコーディングまでたどり着いて共に何かを完成させた時はいつもそう実感するんです。
一緒に創り上げた完成品を耳にする時は興奮しますね。一番最初から全てのプロセスに関わっているわけですから。これはここからきて、あれはそこからきて、 という具合にね。何度も言うようですが、完成した作品に聴き入ってしまうんです。作品を創り出す過程、完成した作品を耳にする喜びの気持ちは何度経験して も飽きることはないですね。これは素晴らしいことだと思います。アイディアが様々なプロセスを経て、思い描いていたものとして作品となって完成するんです から。

■Barry:そうですね。ホントにそうですね(日本語で)。ネイサン、まさにその通りだね。

─これまでのHAPAのアルバムを聴いての感想ですが、選曲、曲の並びが凄く良くできていると感心するんですけど、そういうことにも重きを置いていますか?
■Barry:そうです、全くその通りです。とてもよくわかっていらっしゃいますね。良い作品を創るために時間をかけること、納得するまで何度も繰り返し聴くことがとても重要なんです。理解してくれてありがとう。そうです、曲順を決定することは、とても重要な作業なんです。

 

「結成から25年、さらにずっと続けていきたい」

─バリーにお聞きします。あなたにとってHAPAとはどういう存在ですか?
■Barry:私 は25年間HAPAとして活動をしています。長いですね。私にとって、これは好きでやっている仕事というだけではなく、人々に音楽が素晴らしいもの、すて きなものだと思ってもらえる作品を提供するという責任があると感じているんです。アートとして、人間の魂のレベルを高めるものであるべきだと思うんです。

神様が道具をアーティストに与える。そして、アーティストは神様から授かった道具を使う。本当にそれは魂のレベルを高く上げるもので、HAPAの音楽はそ れができると信じています。昔から音楽は国籍という枠を越えるものだと考えています。そう、人生の中で2つのことが国や文化の壁を越えることができると 思っています。1つは、Love、そしてもう1つはMusicです。LoveとMusicは、肌の色は関係なく、全てのテーブルの、ありとあらゆる人種、 全ての人々に行き渡り、LoveとBeatを通わせるものなんです。

私は25年前にKelii Kanealii組んでHAPAを結成しました。 彼(Kelii Kanealii)は、HAPAをリタイアしてその後、ネイサンが新しく加わってくれたんです。私は、ネイサンをグループに迎えることができてとっても ラッキーだと思っています。HAPAとは「私はHAPAです。」と言えない存在なのです。どうしてかというと、HAPAは、個人の努力とか取り組みで存在 するものではないんです。むしろ、個人の努力や取り組みが融合したグループなんです。HAPAはデュオですが、常にグループの中にチャールズ・カウプのス ペースを設けてあるんです。チャールズは、これまで13年間私たちのステージの一部を担っています。HAPAとは、個人としてではなく、グループなんで す。HAPAは結成から25年経ちましたが、この先さらに25年続けていきたいと思っています。(おじいさんの真似をして)「Hey Everybody!って。」それは冗談ですけど、実際にできると思うんです。ヨガを習っていて健康を維持していますから(笑)。


─HAPAというユニット名にはこだわりがあるようですが。
■Barry:HAPAは25年前に私が計画して始めたものなんです。一生続けていきたいと思っています。

─バリーはアメリカ東海岸の出身と聞いていますが、ハワイにいらしたきっかけ、長く滞在することになった理由などを聞かせてください。なぜハワイに惹かれたのでしょう?
■Barry:実際はNY生まれなんですけど、高校卒業までニュー・ジャージーで過ごして、その後コロラドで3年間過ごしました。そして、ハワイに移り住んで26年経ちました。
私がハワイに留まる最大の理由は音楽にあったと思います。東海岸をベースにするより、ハワイという場所はツアーや世界中を旅する際にとても便利な場所で す。実際、ハワイをベースにすることで、世界中を旅していても頻繁に戻ってくることができるんです。ハワイの人々が好きだからという理由だけではないと 思ったのですが、実際はホノルル出身のローカルの女性と婚約をしていますし、ネイサンやチャールズと音楽の仕事をしていますね(笑い)。

当初ハワイには1年間、ハワイの文化やスラック・キー・ギターを学ぶつもりでの滞在だったんです。しかし、それら全てに魅せられてしまって、そこから始ま りました。ハワイの人々と音楽が、長い間私を支えてくれています。
先程も言いましたが、ハワイから日本へ、それからNYへのフライト時間も短いですしね。日本は大好きです。住みたいとも思っているくらいです。本当に日本 が好きなんです。。

 

「ギャビー・パヒヌイ」

─ギターの素晴らしいテクニックはどのようにして学んだのですか?
■Barry:ギターはハワイに移り住む前は7年間、その後ハワイに移り住んでHAPAを始めて25年間、トータルで32年間になります。家にギターがあって母親が弾いていました。

 

─スラック・キー・ギターはハワイに来る前から弾いていたのですか?
■Barry:は い。ハワイに来る前、コロラドに住んでいた頃スラック・キー・ギターに出会いました。その頃ハワイ出身のローカル・ボーイと知り合って、彼が僕の前で、あ の伝説のスラック・キー・マスター「ギャビー・パヒヌイ」の曲を演奏してくれたんです。ハワイに行ってギャビーに会ってスラック・キー・ギターを直接習い たいと私が強く思うきっかけでしたね。僕にスラック・キー・ギターを紹介してくれたその彼は、今ではハワイに戻っていて私の親友の1人です。

 

─実際ギャビーに会って直接スラック・キーを習うことができたんですか?
■Barry:いいえ、残念ながら私がハワイに移り住む1ヶ月前に彼は亡くなってしまったんです。しかし、ギャビーと一緒に演奏をしていた人々と知り合うことができたん です。ギャビーの息子さんたちです。今でもギャビー・パヒヌイはイチバンです。年月が経つにつれて、なおさらイチバンです。皆さんは彼をしのぐ人が現れる かもしれないと思うでしょう。でもギャビー・パヒヌイをしのぐスラック・キー・ギター・プレイヤーはまだ現れていないんです。
(ここでネイサンも加わり2人で声をそろえて)ギャビー・パヒヌイは、(空手で言う)「ダブル・ブラック・ベルト(黒帯2本)」なんです。

 

─8011:私はバリーが最初に日本に来て渋谷で演奏した時に聴いているのですが、バリーのテクニックにとてもびっくりして感動しました。バリーはテクニックと音楽のフィーリングの関係をどう考えていますか?
■Barry:は い、渋谷のオーチャード・ホールですね。(日本語で)ありがとうございます。昔、私にスラック・キー・ギターを教えてくれた人たちが授けてくれた最良のア ドバイスは、「他の人の演奏やスタイルをあまり真似しない」ということです。ご存知の通り、スラック・キーは自分の好むチューニングにすればいい。全ては 思い切った決断とか冒険によるものです。ネイサンもベースを演奏する際、自分のスタイルで演奏しているし、私も誰かの真似をすることだけは絶対に避けてい ます。むしろ、自分でチューニングを学んで、自分のスタイルをチューニングの中にまとめ上げる(発展させる)ことをしているんです。そのように独自で試行 錯誤することがそれぞれのスタイルの基礎につながるんです。

 

─バリーは演奏の最中頻繁にチューニングをされているように見受けられますが?
■Barry:そうですね、カッコよく見せるためにやっています(笑)。
いえいえ、それは冗談ですが(一同笑)。ときどき演奏中にチューニング変えていることもありますし、体全体を使って演奏するのでチューニングに揺れが生じ ることがあるんです。それら両方の理由です。

 

─チューニングには独自の名前などあるのですか?
■Barry:特別これといって名前は付けていませんが、数あるチューニングの中で一つ「HAPAチューニング」と呼んでいるものがあります。
ところで、ネイサンが演奏しているベースをご覧になったことありますか?彼は8ストリングス(8弦)のスラック・キー・ベースの演奏をしているんです。

 

─8ストリングスでスラック・キー・ベースですか?
■Nathan:今回持ってきたのは7ストリングスのベースです。

 

「ハワイアン・ミュージックの原点をきちんと伝える」

─チャールズ・カウプ氏はHAPAにとってどのような存在ですか?
■Barry:私 たちの音楽を聴いてくれる人々に対して、ハワイアン・ミュージックの原点をきちんと伝えることが大切だと思っています。そのことに関して、チャールズは私 たちのステージやパフォーマンスに多くのものを授けてくれます。全てのハワイアン・ミュージックはチャントによって始まっていました。それは物事の始まり や起源を意味しています。あらゆる音楽的なものの始まりなのです。ですから、私たちは精神的な、また様々な物事のレベルにおいて、知識をきちんと持ってい るチャールズにアドバイスを求めるのです。

それから、チャールズはとても美味しいレストランを覚えているんです。これは冗談ではなくて。一緒に車に乗っていてチャールズが「3年前あのお店で食べた ギョーザが凄く美味しかったんだ。」って。良く覚えているんです(笑)。

 

─そういった意味で、チャールズは、ハワイ生まれではないバリーがハワイで音楽をやることのバックボーンになっているということですか?
■Barry:彼 はハワイ語の専門家です。ハワイ語は生きた言語です。間違えて発音することはできませんから、私たちがハワイ語を正しく発音することを確認するために力に なってくれています。私たちには言語やその他のことを正しく行うために力になってくれている、いわばアドバイザーのような人が5人います。チャールズはそ の5人のうちの1人です。

 

「HAPAは常に2つ以上のカルチャーがミックスしているグループ」

 

─ネイサンにお聞きします。ソロとしてもご活躍ですが、今回HAPAのメンバーとして活動する理由は?今後ソロ活動をされるご予定はありますか?
■Nathan:ハワイでは常に様々なバンドやたくさんのアーティストたちと演奏をしています。7年前には、ソロのCDをリリースしました。
様々なバンドやアーティストたちとの演奏や音楽活動を楽しんでやっています。
彼らはとても熟達したミュージシャンで、お互いに尊敬し合っています。もちろん、隣にいるバリーも熟達した最も尊敬するミュージシャンの1人です。

今後のソロ活動については、現時点では今回のMAUIというCDをリリースしたこともあり、私はHAPAのメンバーとして活動しています。ですから、全て の取り組みはHAPAというグループとしてのものであるべきだと思うのです。もちろん、将来的にソロのCDをリリースしたいという考えは諦めてはいないん ですけれど、現時点では、それは今後いつか実現したらいいと考えているんです。
今、私たちにとっては今回のCDがとても意味のあるものです。これが現在のHAPAなんです。と同時に、私たちが共に創り上げることで「出会った」場所な んです。

 

─お二人にお聞きします。今後HAPAが目指すものは?
■Nathan:私 たちの中の誰かが年齢的にHAPAのメンバーとして活動することができなくなるその日まで、続けていきたいと思っています。ただすてきな曲を創っていきた い。というのがバリーと私、それぞれバックグラウンドが違う2人が共有するポジティブなことなんです。バリーは作曲、アレンジの才能がある上、素晴らしい ギター・プレーヤーです。私も同じようでありたいと考えています。お互い違ったアイディアがあってもお互いの意見を尊重し合いながら1つのものに創り上げ ていく。私たちの才能は無限に広がり続けていると思います。コンテンポラリー・ハワイアン・ミュージックだけではなく、インストロメンタル、ジャズ、ゴス ペルなど自分たちが心地よいと思えて、ポジティブに感じられるアルバムづくりをしていけたらと考えています。

■Barry:(ネイサンに対して)いい答えだね。
私のゴールは、そう…日本ではハワイアン・ミュージックはとっても流行っていて、良く知られています。しかし、ニッチでの流行なんです。この日本のすき間 市場からもっとよく知られたものを創り、一歩踏み出したいと考えています。このことについてネイサンとよく話しています。

私たちは日本の音楽が好きですし、日本に来ることも大好きです。将来ハワイの曲に日本の詞をのせたCDをリリースしたいと考えています。実際私たちは、日 本語で作詞する、あるいは日本語のカバー曲を創ることができればと考えているんです。HAPAは常に2つ以上のカルチャーがミックスしているグループなの です。

1997年にリリースしたアルバム、「Namahana」では、スラック・キー・ギターとアイリッシュ・バグパイプをミックスした楽曲を発表しているんで す。グループとして私たちは常に新しいことに取り組んでいるんです。言語においても同じです。今回のアルバムではハワイ語による曲もありますし、タヒチ語 と西サモア訛りの言葉をミックスしたものにも挑戦しています。そういった進化の過程において、私たちの音楽をすき間市場から大衆の市場に広げていけたらと 願っているんです。21世紀のハワイ大使として。新しく設立されたハワイアン・ミュージック・カテゴリーで、グラミー賞の受賞も視野にいれています。

 

「自分独自のスタイルを確立すること」

─ハワイアン・ミュージックに関心を持つ日本人が増えていますが、スラック・キー・ギターの魅力と上達の秘訣があったら教えてください。
■Barry:日 本のミュージシャンには、昔、私が受けたアドバイスと同じことをアドバイスしたい。それは、“Be original”ということ。つまり、独自のスタイルを持つことです。独自のスラック・キーのチューニングで日本の「さくら」を演奏してみるとかね。ス ラック・キーのハワイアン・カルチャーと「さくら」の日本の文化をミックスしてみるとかね。自分の好きなようにチューニングをしてはいけないなんて誰も言 わないでしょう。
150年前、ギターがハワイに初めてもたらされた時、スラック・キーのチューニングは存在しなかったんです。
ハワイアンの人々は自分たちで独自のチューニングをあみだして使いはじめたんです。ですから、日本でスラック・キー・ギターの弾き方を習いたいならば、独 自のジャパン・バージョンのチューニングをあみだすべきだと思うんです。決して不可能なことではないと思います。

■Nathan:私はスラック・キー・ギターは弾かないから(笑)。

■Barry:ネ イサンはスラック・キー・ベースを弾くでしょ。ネイサンはとても謙虚なんです。彼は、去年、日本で行われているスラック・キー・フェスティバルに招待され たんです。私は招待されなかったんですけど(笑い)、スラック・キー・ベースを演奏するネイサンは招待されたんです!!
全てのギター・プレーヤーがネイサンのスラック・キー・ベースの演奏を聴きたくて彼を招待したんですから。明日のステージで彼の演奏を楽しみにしてくださ い。

 

─日本人のミュージシャンがハワイアン・ミュージックを演奏するときに、楽曲のフィーリングを上手に表現するためにはどうしたらよいですか?
■Nathan:昨年のことですが、彼女の名前が思い出せないんですけど、ハワイアン・アルバムが好きな日本人の女性が、ハワイにレコーディングに来たんです。制作するアルバムの中で、古いハパ・ハオレ系のハワイ語の曲も歌っているんです。
彼女のアルバム制作に参加する依頼を受けたんですけど、私の他にも彼らは日本からギター、ベース、スチール・ギター・プレーヤーなどの日本人ミュージシャ ンを連れてきていたんです。それで、私は、彼らと初めてハワイ島のコナで会ったんですけど、座って彼らの演奏を聴いていて思ったんです。正直に言ってその アルバム制作には私は必要ないと思いました。なぜなら、目をつぶって彼らの演奏を聴いていたら日本人のミュージッシャンが演奏しているのか、私たちみたい なローカルのハワイアン・ミュージシャンが演奏しているのかわからないくらいだったからです。

本当にその演奏が日本から来た日本人ミュージシャンによるものだなんてわからないんです。彼らに言ったんです、「本当に私は必要ないと思います。あなた方 だけで十分素晴らしい演奏ができていますよ。」って。最終的には私はアルバム制作に協力しましたが、彼らは本当に良くやったと思います。
素晴らしかった。ただ、その日本人女性ミュージシャンの名前が思い浮かばないんです…50代くらいの女性で…それから、スチール・ギター・プレーヤーはと くに凄かったんです。素晴らしかった。彼は独自のスタイルを持っているし、多くのハワイアン・ミュージック・アルバムを聴いていることも彼の演奏から良く わかる。彼はナッシュビル・カントリー・スタイルで、たくさんのリックを使ってペダル・スチール・ギターを弾いていたんです。本当に感心してしまいまし た。

先程も言いましたけど、ただ彼らの演奏を聴いただけだったら、全員ハワイ出身のハワイアン・ミュージシャンが演奏しているアルバムなんだろうって思うで しょうね。おそらく全てそれは個人(の能力)にあると思うんですけど、例えばブルースをよく聴いているからといってブルースの雰囲気を理解してそれを楽曲 に反映して演奏できるとは限らないんです。フィーリングの問題なのかな。ジャズやその他のジャンルの音楽を長い間演奏していて、それなりのテクニックが あったり、早く演奏する能力があるかもしれない。それで聴いている人はその演奏のスタイルから誰のアルバムをよく聴いて真似をしているんだなってわかるか もしれない。けれど、その奏者から「フィーリング」が伝わってこない。だから、それができるかできないかは個人差があると思います。私からはそれに対して アドバイスできることはないし、全ては個人的なことだと思います。私はとても運が良かったのか、曲を聴いてその曲が持つ雰囲気を感じとることができるんだ と思います。おそらくそれは、スピリチャルなものとは言わないまでも、その曲のスタイルのエッセンスを感じ取ることができるんだと思うんです。

■Barry:日本でスラック・キー・ギターを習いたいと考えている人が留意すべき点は…
ところで、物事の一番のはじまり、ジェネシスみたいなものを日本語でなんて言いますか?「起源?発生?」OK、スラック・キーの起源はオリジナリティー (独創的)であること。
実際、以前はスラック・キーのチューニングは門外不出のもので、家族以外の人間には絶対教えないものだったんです。誰かがスラック・キーを弾いているのを 聴いたら、「あれはカナカオレ・ファミリーのチューニングだな」という具合にね。

1900年代中ごろまで、ギャビー・パヒヌイがレコードとしてこの世に発表するまで、チューニングは各ファミリーによって守られていたんです。初めてス ラック・キー・ギターのレコードを製作してこの世に発表したのはギャビー・パヒヌイだったんです。彼は私が尊敬するアメリカ人ギター・プレーヤー、ライ・ クーター (Rye Cooter)を招いて一緒に演奏したんです。
これこそが私とスラック・キー・ギターとの出会いです。私がライ・クーターの大ファンだってことを知っている人が、ある時、ハワイアン・ミュージシャンと 一緒に演奏しているレコードをすすめてくれたんです。それが、ハワイアン・レジェント、ギャビー・パヒヌイのスラック・キー・ギターとの出会いだったんで す。
そしてHAPAがはじまった。スタイルの起源はチューニングを学んだり、独自にチューニングを考え出したりして自分独自のスタイルを確立することだと思い ます。それは目に見えない、口承のサインをするようなものです。

 

─バリー、よければ、使っているギターのメーカーや、おすすめのギターのブランドなどがあったら教えてください。
■Barry:私のは、1980年代のワッシュバーン・ギターのモントレー・トップというモデルです。1980年代にマウイ島のバウンティー・ミュージックという楽器店で299ドルで買いました。
その後何年か経って、世界的に有名なグライムス・ギター・カンパニーのスティーヴ・グライムス氏のところでスティーヴ・グライムス・ネックと呼ばれるギ ターネックを1000ドルで買いました。
299ドルのモントレー・トップに1000ドルのスティーヴ・グライムスのギターネックを付けたんです。とても安い木、ベニヤ材のボディにとても硬質な木 を使った高価なネック、もろい素材のボディに非常にしっかりとした素材のネックというふうに値段的にも物質的にもアンバランスのように感じるかもしれませ んが、非常に自由が利くギターに仕上がりました。
もしネックと同じようにボディもしっかりとしていて硬かったら、プッシュすることはできないでしょう。それにネックにも安い素材を使ったものだったら、ボ ディもネックも壊してしまうことでしょう。このとても安い&とても高価な、違った素材の組み合わせがとてもいいんです。
私はこのギターを25年くらい愛用していて、だいたい8000回くらい使っているんです。その結果、破損してしまってサウンド・ホール意外に消耗穴があい てしまったんです。

 

─ネイサンさんの楽器はいかがですか?
■Nathan:私のギターはハワイのものではなくて、ミズーリ州にある会社のものです。3本持っているギターは全てミズーリ州にある会社のものなんですけど、
ベースは1本はミズーリにある会社の製品で、あと2本はそれぞれ韓国製と日本製なんです。

 

─3つのギターはそれぞれ別のチューニングですか?
■Nathan:それも可能ですが、ほとんどの場合はスタンダードのチューニングです。楽曲やどのように演奏するかによってその曲に合ったチューニングにかえることはあります。

 

─グラミー賞にハワイアン・ミュージック・カテゴリーができたことはどう思いますか?
■Barry:カテゴリー設立に相当な時間がかかったと思います。あと10年早く設立されていてもおかしくなかったでしょう。でも結果的に良かったと思います。

 

─第1回目の受賞がスラック・キーのアルバムだったことはどう思いますか?
■Barry:個 人的には素晴らしいと思います。今回スラック・キー・アルバムが受賞した理由はこうだと思うんです。投票するほとんどの人たちはアメリカ本土の人たちでハ ワイの人間ではないでしょう。だから、その他にノミネートされたアルバムのアーティストらについて認識がない。それで今回受賞したスラック・キー・アルバ ムには12人のアーティストが参加しているけれど、それぞれのアーティストに投票したのではなくて、おそらく今まで聴いたことがあるスラック・キー・ギ ターそのものに投票したんじゃないかと思うんです。スラック・キーを演奏しているこの12人に投票しようって。

■Nathan:も う1つバリーの言ったことに付け加えさせてもらえば、受賞したアルバムと一緒にノミネートされた4アルバムを聴いても、アメリカ本土の彼らにはハワイ語が 理解できないでしょう。だから、詞ではなくて、その音楽のみを聴こうとする。でも、それ自体特定化しづらいものであるから選考が困難だったんじゃないかと 思うんです。一方、スラック・キーはスタイル自体が他のものと違う。よりはっきりとしたものだし、とても独特なものだから。それで、ハワイ語やその詞では なく、メロディーや音にのみ集中して評価したんじゃないかと思うんです。それによって様々なことを見逃した選考になったと思います。

 

─それでは音楽と離れた質問をさせてください。ハワイでのおすすめの場所、お店などあったら教えもらえますか?
■Nathan:チャイズ・アイランド・ビストロかな。ご存知ですか?好きなんです。

 

─ネイサンはチャイズで定期的にライブを行っていらっしゃるんですか?
■Barry:ネ イサンはチャイズ・アイランド・ビストロで毎週金曜日にライブを行っています。コンサートなど大きなイベント以外では、HAPA として出演することを最小限に留めているんです。というのは、毎週同じところで一緒にライブなどをするより、お互い別々にそれぞれの活動をしてHAPAと して活動するときは特別なこととしてやっていきたいと考えているからです。そのほうがいいんじゃないかなと思うんです。

それから、おすすめの場所でしたよね?私はアラモアナ・ショッピングセンターって素晴らしいと思うんです。というのは、世界各地ツアーなどで旅をしてま わって各地のモールやショッピングセンターなどに行くことがあるけれど、それらと比べてもアラモアナ・ショッピングセンターのサイズ、バリエーションは全 てにおいてちょうどいいと思うんです。探しているもののほとんどはアラモアナ・ショッピングセンター内で見つけることができるんです。ショッピングセン ター内のパーキングも充実していて、車の移動も簡単にできるし、バレー・パーキングだってある。それに、すてきなレストランも増えて規模が拡大するにつれ てさらに良くなっている。だから好きなんです。それから、通りをはさんだ向かい側にあるアラモアナ・ビーチ・パークもお気に入りの場所です。そこはフィア ンセのレスリーが子供の頃よく遊んだ場所でもあるからです。このエリアは私にとって特別な場所なんです。

■Nathan:私はカネオヘ育ちだから、ウインドワード・サイドが好きですね。グラス・カウントリーなんて呼ばれていてとても緑の多いところなんです。

■Barry:それからもう1箇所、マウイ島です。島全体が好きなんです。私は、アラモアナ・ショッピングセンター、アラモアナ・ビーチ・パーク、それからマウイ島、この3箇所ですね。

 

─長い間ありがとうございました。最後に日本のファンにメッセージをお願いします。
■Barry:「感謝の気持ち」ですね。

■Nathan:そ の通りだね。今回は2回目の来日になります。初めて来たのは1年半前でした。その時、日本で経験した全てのことに感動したんです。皆さん全ての人たちから 言葉では表せないぐらいのもてなしを受けて本当に驚きでした。とても有り難く思いました。バリーから日本の文化と日本人の素晴らしさについて少し聞いてい たんだけれど、本当に身を持って体験しました。もちろん日本の食べ物もとっても美味しいです。感謝の気持ちでいっぱいです。


─今日はお忙しいところをありがとうございました。
(2005年7月)
(取材協力:株式会社カンバセーションアンドカムパニー)

◆HAPA LIVE 2005年7月17日〜すみだトリフォニーホール〜
(c)市川幸雄

【ライブレポート by kaimanahila】
7月17日「すみだトリフォニーホール」で 行われた、「HAPA」のコンサートに行ってきました。 「エクセレント」。 インタビューさせてもらったから、 なんてことは全く関係なし(もちろんのこと)。 久々に良いもの聞かせてもらって、魅せてもらった感じです。
簡単に言えば、才能が正しく共鳴すると素晴らしいということです。 バリー・フラナガンのスラッキー、ネイザン・アウェアウの12弦ギター、 チャールズ・カウプのチャント、2002年ミスアロハフラの マリア・アン・カワイラナマリー・ピーターセン、 17才のニコル・ナラニ・ヒギンス、
二人のフラこれらの才能がステージで一体化した瞬間をみられてとても 幸せでした。会場から起こった自然な「ハナホウ」も久々でした。
ふたりのチームという雰囲気で、 こちらもリラックスできました。 バリーのテクニックはさらにすごみを増していました。 ギターの構えがさらに立ってきたような気がしました。そして、演奏中の チューニングの変更も相変わらずでした。
ネイサンのソロでのベースは聞き物です。7弦のぶっといネックのベースを 簡単に弾きまくっていました。 ステージでもチャールズとネイサンがジョークを飛ばしまくっていました。 フラも良かったです。本当に、「さすが」という感じのライブでした。



information

■HAPA
HAPAオフィシャルサイト
http://www.hapa.com/

■conversationオフィシャルサイト
http://www.conversation.co.jp/

HAPA「MAUI」